神社パンとは?

神社と田んぼの国、日本。
米と水と発酵から生まれた、
ありがたさを、味わう。神社パン

神社パンは、
特別な形をしたパンでも、
一つの商品だけを指す名前でもありません。

神社パンは、まごころ米てが展開する、
米粉でつくるパンのブランドです。


日本は昔から、
米を育て、水を大切にし、
発酵の力を暮らしに活かしてきました。

酒、味噌、醤油、麹。

どれも、自然の恵みと
人の知恵から生まれたものです。

神棚にお供えするものは、
米、水、塩、酒。

米粉パンをつくる基本も、
米、水、塩、発酵。

並べてみると、
どこか不思議なくらい似ています。

私たちは、
日本人が大切にしてきたものを、
パンという形で届けられないかと考えました。

米のおいしさ。

水の恵み。

発酵の力。

そして、今あるものを
「ありがたいな」と感じる心。

そこから生まれたのが、神社パンです。


神社パンは、
特別な日だけに食べるパンではありません。

忙しい朝。

仕事の合間のひと休み。

家族と囲む食卓。

頑張った自分への、ちょっとしたご褒美。

そんな何気ない毎日の中で、
おいしいパンをゆっくり味わう。

家族や大切な人と、
「おいしいね」と笑い合う。

ほんの少し心がほどけて、
今あるもののありがたさに
自然と思いを馳せる。

神社パンが届けたいのは、
そんな小さな時間です。


「おいしいパンを食べると、
また頑張ろうって思える」

これは、母がよく話していた言葉です。

母は、自分一人のためには
コーヒーも飲まず、
駅から家までのバス代も節約して、
貯めたお金で私を食事に連れて行ってくれました。

おいしいものを食べると、
人は少し元気になる。

自然と笑顔になり、
「よし、また頑張ろう」と思えることがある。

その記憶と言葉が、
まごころ米てのパンづくりの原点です。

パンだけで、
人生の苦しさがなくなるわけではありません。

それでも、おいしいパンを食べた時間が、
疲れた心を少し休ませてくれることはある。

落ち込んでいるときには、
もう一度前を向く小さな力になる。

楽しいときには、
その時間をもっと楽しくしてくれる。

私たちは、そんなパンをつくりたいと思っています。


田んぼが減っています。

米をつくる農家も、
少しずつ減っています。

農学部で学んでいた頃、
ある農家さんから聞いた言葉があります。

「このままでは、
田んぼも農家もなくなってしまう」

その言葉が、今も心に残っています。

米を食べる人が増えれば、
田んぼを未来に残せるかもしれない。

田んぼが残れば、
日本の風景や文化も
次の世代へつなげられるかもしれない。

神社パンは、
ただパンを売るためにつくったブランドではありません。

日本のお米のおいしさを伝え、
田んぼと農家を未来につなぐための、
私たちなりの小さな挑戦でもあります。


今日も食べられること。

働けること。

大切な人と過ごせること。

そして、頑張っている自分自身。

パンを食べるほんのひとときに、
何か一つへ思いを馳せる。

「ありがたいな」と、少し感じる。

そしてまた、いつもの日常へ戻っていく。

そのとき、心のどこかに、

「よし、また頑張ろう」

という小さな気持ちが芽生えていたら、
私たちはうれしく思います。

神社と田んぼの国、日本。
米と水と発酵から生まれた、
ありがたさを、味わう。神社パン